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薬も手術も不要で三叉神経痛の痛みを克服する方法・体験談

美味しい空気・美味しいお水・美味しい食材の、自然豊かな長野で、三叉神経痛を乗り越える健康指導を受けてみませんか!                          歪みの正し方・健康を維持する食事・正しい運動法・病に対する心の有りよう、日常生活の基本など、高橋健康指導センターは健康を回復するノウハウを懇切丁寧に指導いたします。

三叉神経痛に苦しんだ赤裸々な体験談と克服の道のり

 「薬にすがり、自己療法に明け暮れた日々に決別できた自然な療法に出会って」

自然な療法というと取留めのない名称ですが、私は「総合療法」と名付けています。一つは「骨格の歪みを正す」療法、二つ目は「筋肉をゆるめる運動」療法、三つ目は「病に接する心の有りよう」の療法、四つ目は「日本民族に合った食事」療法が骨子です。

 

 今回登場していただく(仮称)大井文江さんは、平成22年11月に三叉神経痛を発症しますが、その時点から、三叉神経痛を克服するまでの期間を、克明に記録されていました。

その生々しい、苦渋に満ちた道のりの一端を紹介しながら、克服した9日間の指導をお話しします。

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 文江さんは今年古希を迎えました。

56才まで数十年間は某自動車会社で、車体の「トレーサー」という仕事をしていました。

車デザイナーが作成した図面を、書き写す仕事だそうですが、緻密で間違いは絶対許されない気を抜けない仕事だそうです。

退社後は仕事から解放され、勝手気ままに生活したきたそうですが、インターネットを見るのが趣味で、毎日10時間近く画面と対面していたそうですが、その趣味で楽しむこともままならない日々がやってきます。

平成22年11月左額に痛みが発現します。

頭痛だろうと思っているうちに2週間ほどで痛みは消失しますが、平成23年3月11日の震災の後、15日に再度額から眉毛にかけて痛みが発現します。痛みは消えたり出たりの繰り返しでした。

 

文江さんの手記を紹介しますが、紙面の都合で割愛してあります。

「5月18日左の小鼻を激痛が走るので、某病院に行った。診断は三叉神経痛で、デパス(安定剤)、メチコバール(ビタミン12)、ウナスチン(解熱鎮痛剤)、テグレトール(抗てんかん薬)を調剤されたが、抗てんかん薬は怖くて飲まず」

「5月26日ウナスチンは飲まず、デパスとメチコバールは続ける」

「6月10日左の小鼻と口の上に痛み、メチコバールは続け、ウナスチンは飲んだり止めたり」

「6月20日温泉がよく効く、痛みがやわらぐ。鼻の脇がジリジリ感、歯茎と口唇に触れると痛む。ウナスチンとメチコバール15日間続けていてデパスは飲まず」

「7月3日温泉に一日おきに通っていても、湯上り後は、口の中、左小鼻、上口唇が、だんだん痛みが強くなる」

「8月3日左小鼻と目尻に痛みと涙」

「12月7日左目に軽い痛み、某先生に鼻の中のレントゲンを撮ってもらったが、悪いところはないので、眼科行を勧められた。眼科では涙は加齢に依るものと云われた。痛みが走った時、頭頂部熱いタオルを当てると痛みが軽減する」

 

「平成24年1月1日三叉神経痛に似た痛みが、頭の中心に一回のみ走る」

「4月22日朝6時頃から7時頃まで、左小鼻にツンツンと云う症状、その後激痛が繰り返された。抗てんかん剤を飲んで、その後痛みは一日中なかった」

「4月24日朝8時頃から激痛が30分程続いたが、抗てんかん剤は飲まず。午後4時頃(雷を伴う前線の移動あり)、左小鼻に激痛が走ったので風呂に入ったところ痛みが治った。その後数度激痛があったので、二粒目の抗てんかん剤を服用(午後9時頃)熟睡した」

「4月25日朝6時朝食時、激痛が一回発生。午前10時頃耳鼻科医院と某病院に出かけた。医院で鼻とアゴのレントゲンの結果は異状なし。薬のまず。異常なし」

 

「4月27日朝4時昨日と同じ額に激痛。マスクが痛みを軽減。足湯のみ、テグレトールを半粒飲む。デパス半錠飲む(精神安定)」

「5月17日テグレトールを11日~17日まで飲むのを止めている。今日は夫が歯医者なので精神的に不安定。カモミールを飲む」

「5月19日下痢のためメチコバールを今日から止める。ロキソニン、抗てんかん剤は止めを続行、体重40キロ台を去年から維持(40.5㎏)」

「5月23日メチコバールを飲み始める。某病院で血液検査、コレステロール、中性脂肪、尿酸値が高い。他は正常」

「5月28日抑肝散を飲む(イライラするので)

「抑肝散を昼までに飲んでイライラは止まったが、顔がむくんだので止めた」

「某温泉に行く。ぐっすり眠れた」

「6月25日心療内科にかかり、コントール(精神安定薬)を処方されて夜飲む」

「7月1日朝発作(顔面を広く含んで)があった(15分間)、頭が焼付くような発作であった。直後、久しぶりにテグレトール1錠服用した。デパスを半錠一回」

「7月6日朝35分間の発作あり、薬の服用を次の通りにした。テグレ朝晩1錠。デパス朝晩0.5錠」

「7月11日7/4よりテグレトールを1日に2錠服用して発作はない。朝イライラする時があり、その時の血圧は180~190と高い。対策は大便をする、又は食事をすることでかなりの対策となる。なお、ジンマシンが、朝或いは夜発生する(食事後)、但し、原因は判らない」

「7月13日口の中(上あご)口内炎の痛みが走る。デパスを1日3錠飲む。(7月11日より)」

 

「7月22日某医院でアレビアチン100mgとツムラ31を調整して頂きアレビアチン錠を12時に1錠飲む。痛みは変わらず激しい。夜中1時にジンマシンの小さいのが4ヶ所だけですぐ消えた。痛みは激しかったが3時から5時半まで寝むれた」

「7月23日口の中かから皮ふの様な物がむけて出たり、つばを飲む度に頭に激しい痛み。食べたり話しが出来ない。某医院の先生にパルギンを止めたらと云われ昼に中止、1時間後には食べる事、話す時に痛みがうそのように消える。インターネットでテグレトールの副作用の内容が(のどが痛い、口内炎、歯茎の出血、蕁麻疹)あまりにも自分に似ていた。テグレを止めテ3日目(1日1ケ所~4ケ所の少量のジンマシンある)」

「7月31日某医院の先生に腫瘍かもと云われMRIを別の医院に撮り行き、異常なしと云われた」

「8月2日ジンマシンが20ケ所に出たので某先生にアレビアチンを変えて下さいと申し上げたところ、薬を変えるのはまだ早いので3錠に増やして続けなさいと云われ、テグレトールの時のようになるのがおそろしくて服用を止めました。

「8月5日アレビアチンに戻し1日2回2錠」

「8月7日べッドより誤って踏みはずし、顔と脇肺の骨を強打、骨は大丈夫(24時)」

「8月8日眠気が強いので夕方からアレビアチンを1.5錠、昼食は固形物が食べられた。(20日ぶり)

「8月26日血圧は順調に下がって、126―66、熱い日が続き三叉がうずく、アレビアチンは1日だけ2錠で現在は1.5錠」

以上。

 

 このような薬や痛みが緩和できそうな自己療法を続けてきましたが、症状は一進一退を繰り返すのみで光明が見出せない状況に「何か他によい方法はないのだろうか、ないのだろうか」と、インターネットで真剣に探してみました。

すると、薬などでなく、自然な療法で克服した体験談にたどり着いたのです。

主人と相談され、この療法を受けてみようと考え、9月4日から当センターで健康指導を受けることになったのです。

 その時点で服用していた薬は「アレビアチン(抗てんかん薬)メイラックス(精神安定剤)マイスリー(催眠鎮静薬) アムロジピン(狭心症治療薬・血圧降下剤)」

「リーゼ錠(精神安定薬)レンドルミン(催眠鎮静薬)」は処方されていたが服用せず。

体調は「眠れない。7月より悪心のため食欲がない。手のふるえ。死を考える。緊張感、不安感、イライラ、ストレス、微熱、湿疹、浮腫み、寝汗、目やに、頭痛、口渇、目がかすむ、痰が出る、動悸、肩こり」

三叉神経痛は、左側頬から頭頂部にかけて発現する。

神経痛の痛みを除いて訴えた症状は全て薬の副作用です。

個々の薬の副作用は今回省略しますが、三叉神経の痛みを和らげるために使用している薬により、体調がすぐれないのです。

三叉神経痛発症から2年弱の間、手記に書かれた内容は壮絶な三叉神経痛との戦いであり、更に薬の見えない副作用に翻弄された日々でもあります。

ご主人は文江さんが発症するまでは、仕事に就いておられたそうですが、三叉の痛みと付随して起きる体調の変化に、仕事を退職されて面倒を看て来られました。家族含めて文江さんの症状の改善に、取り組んでこられたのです。しかし、西洋医学の手当てで光明を見出すことはできませんでした。

 

9月4日から当指導センターで健康指導を開始しました。

先ず、薬の副作用について説明しました。

薬を止める事での禁断症状についても説明しました。飲む飲まないは本人の意思です。

三叉神経の痛みは、体の緊張が取れれば解消します。

困ったことは、食事が悪心とアゴを動かすだけで三叉神経の激烈な痛みのために摂ることが大変です。

体力が低下してしまうことは、回復を遅らせてしまいます。

このような時は「玄米クリームと葛ねり」です。どうにか少々ですが摂ることが出来ました。

3日目悪心が消えました。

食事が可能になったことで、一気に三叉の痛みも変わってきました。

5日目おでこと歯茎の痛みが消えます。

6日目全ての三叉神経の痛みが消失。

しかし、禁断症状として不安感、焦燥感が強く出る。また、室内の音に敏感になる。「玄米水あめ」を勧める。食すとこの症状が和む。

かつて当センターの患者さんから教えてもらったのです。薬の副作用でざわざわと胸にこみ上げてくる得体のしれない不安感、発狂して部屋を飛び出したい衝動に駆られたときは、甘いフルーツなどを食すとザワザワが胸から下がるというのです。

7日目          食事のとき、一瞬痛みが左上奥歯に走ったが直ぐ消える。体を動かすと目まいを感じる。

8日目不安感など消える。少々違和感が頭の中心にあるが痛みはない。

9日目体調良好。笑顔がほとばしる。

 

以降、自宅に帰って三叉関連の症状は発現していないと、元気な電話がありました。

そして付け加えて「もし再発したら直ぐに先生の所にゆきます。行けば良くなることが分かっているので不安は有りません!」とのことです。

正しい健康法を実践すれば、病は消えていくのです。人には凄い治癒力があるという事実を再認識した文江さんの症例です。 

文江さんは、その後再発していないという言葉に変えて、毎年暮れには、私の好きなワインを贈ってくれています。

追伸

薬・手術では真から健康体にはなれません。

取り返しのできない一生を不自然な手当てで終わることに疑問を感じませんか。

身体は自然な生き物です。自然な手当てを欲しているのです。

お悩みの方はお気軽にご相談ください。

電話 026-224-9070

メール j-t@mx1.avis.ne.jp

                                                 平成27年11月 高橋健康指導センター 高橋純一

手術を受けても治らない三叉神経痛は、視野を広めて克服する情報を収集することです。

静岡県から来られた(仮称)吉川みどりさん(57歳)は小学校で事務の先生をしています。

4年前に左上奥歯周辺に痛みが発現します。

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これは歯が悪くなったのだと思い歯科医院を受診します。歯科医師はいろいろ検査をしながら歯が悪いという前提で、いろいろ試みてくれたそうです。 

痛みは強く出たり消えたりの繰り返しの中で、吉川さんも歯が悪いという以外の事は考えられずに2年が過ぎて行きました。

しかし、痛みの繰り返しの中で次第に痛みが強くなることに疑問を持つようになった吉川さんは歯科医に「何か外に問題があるのではないでしょうか」と問いかけをします。

歯科医師もようやく自分の手に負えないと感じたのか、総合病院の口腔外科を紹介してくれます。

 口腔外科では直ぐに「三叉神経痛」ですと診断され、抗てんかん薬「テグレトール」を処方されます。

テグレトールは効果があり痛みは直ぐに消失しますが、2週間で体中に湿疹ができテグレトールの服用を中止します。

医師に「この薬はあなたには合わないから一生服用してはいけません」と告げられます。痛みが消えたので一旦通院は止めますが、2ケ月ほどで再発します。

 

再度同じ口腔外科に行くことには躊躇します。

それは医師の態度が威圧的で気になっていたので、別の個人医院を受診します。

テグレトールは服用できないことを告げると、別の2種類の薬を処方されますが、効果は全くなく、痛みは強くなり痛みの時間も長くなって困惑します。

医師は「手術も選択肢の一つです」と、手術を前提に県立の総合病院を紹介されます。

総合病院ではMRIの検査から、三叉神経に血管が触れていることははっきりとは分からないと告げられますが、痛みが増している状況の中にあって「藁にもすがる」気持ちで、平成23年12月19日に手術をすることを決めます。

手術は三叉神経痛で病んでいる左側後頭部を切開して、脳幹の橋の部分の三叉神経と微小血管が触れている部分に緩衝物を挟む手術ですが、全身麻酔が切れていくと、期待とは裏腹に三叉神経の痛みが甦ってきてしまいました。

全く手術は効果がなかったと云う事態に直面して、その落胆と絶望感に打ちひしがれます。

医師は血管が神経に触れていなかったと告げ、今後は合う薬を探していくしかないと云われたそうです。

 

以後、トラムセット、ラミクタールを服用しますが、副作用で口内炎に侵されると、アフタッチ口腔用貼付剤(副腎脂質ホルモン)、パリエット(胃薬)、更に血圧も上がったため、ブロプレス降圧剤も服用することになり、一生こんなに薬を服用しなければならないことに不安が募ります。

そして三叉神経痛を克服するために、このままではならないと、真剣にこの病と対峙する気持ちになります。

 

「吉川さんの手記から」

インターネットで三叉神経痛について色々勉強しました。手術をしても再発する確率が非常に高いこと、薬も症状が悪化すれば次々に増量され副作用から日常生活が脅かされること、そして完治は不可能に近いことを知りました。

その中で「高橋健康指導センター」の体験談に巡り合いました。

幾つかの症例を読み納得できたので、早速予約をして主人と共に伺いました。

平成24年2月11日から16日まで6日間健康指導を受けました。

薬の副作用の説明を受けましたが、不安であれば徐々に減らせばよいですと先生は言われましたが、トラムセットのみ服用して他の薬は直ぐに中止しました。

血圧の薬は、学校の健康診断で指摘されてから何年も服用しています。医師は「長生きしたかったら服用した方がよいです」と指導され、「私も40歳から飲んでいる」と云われましたが、処方箋に書かれている以外の薬の副作用を知ると、医師の指導に疑問を感じるようになりました。

 

さて、私には三叉神経痛に合う薬はないらしく、15日の夜、体中に湿疹が出てしまいました。その日を境に三叉神経痛治療薬「トラムセット」の服用を止めました。

以前も薬の副作用で湿疹が出たことは何度もあります。

その際は必ず薬で対応していましたが、高橋先生が1週間もすれば湿疹も自然に消えるので、薬の必要はないですと云われたので、今回は我慢してみました。

何と先生の云われた通り綺麗に治まりました。薬を使用しないで症状が治まるとは、私にとっては生まれて初めての経験で驚きました。

体の持っている自然治癒力の存在を、初めて認識することが出来たのです。

6日間の健康指導を受けて、ビリッと来る痛みが少し楽になりレベル2位になりました。

 

家に帰ってからは、先生に教えていただいた「自己療法」を毎日やっています。学校にもゴムのバンドを持参して昼休みなどにもしました。

先生の中にも肩こりが酷い方がおりましたので、肩に巻いてあげると「楽になるね」と喜ばれています。

子供たちも先生「肩に巻いてよ」とせがまれて巻いてあげると「これ魔法のゴムだね!楽ちん楽ちん!」と走り回っています。

 

私は勤めが学校で長期の休みを取ることはできませんので、完全に治したいと考え、3月に3日間、4月に2日間、5月にも3日間長野に伺いました。    

本当にだいぶ良くなり、4月に伺った後は2~3日後からピリッという痛みが消えました。食事をするときにでる、優しい痛み、違和感ぐらいに変わり、5月に伺った時点ですべての症状は消えました。

夜いつ痛くなるかわからない不安に眠れなかったことがウソのようです。

 

6月に入り、歯の治療で歯科医院に行きました。長時間口を開けていたら、食事のとき奥歯に痛みが出て再発したのかと不安になりましたが、3日間先生から購入した「免棒」を痛い顔のポイントに30分40分と当てていたら、痛みはすっかりなくなりました。

先生に7月の予約申し込みのときにお話ししたら「口を長時間大きく開けていたことで、咬筋が緊張して三叉神経を圧迫して痛みが出たのでしょう。でも、免棒で患部を温めたことで緊張が取れ痛みが消失したのです。顔面の筋肉の強張りが改善されたから、自己療法でも効果があったのです」というお話がありました。

 

7月に入り2日間、肩こりや慢性疲労、糖尿を患っている友人夫婦と坐骨神経痛の姉と運転で主人も一緒に伺いました。

私は痛みもなくすこぶる快調です。

4月からは私だけ健康になって申し訳ないので主人も一緒に健康指導を受けていますが、体調がよいと主人も喜んでくれています。

先生から、三叉神経痛は手術や薬は、一時的にはよくなるが対症療法に過ぎず、根本を治していないので体質が悪化していくので、薬の増量が必要になり、手術はしても3~4年後で再発するのですという話を聞いたとき、本当にここにきてよかったと思いました。

私は手術がまったく効果がなく、無駄な治療費を使ってしまった苦い経験だけが残りました。

でも、そのお陰で、自分で活路を見出そうと思った結果、高橋健康指導センターを見つけることができた私です。

この運命に、出会いに感謝、感謝です。                 

平成24年7月末日

 

 

躊躇せず行動する人には女神がほほ笑む体験談。

 北海道札幌市から三叉神経痛について問い合わせがありました。「3年程苦しんでいるがブログを見て、是非伺いたいと思っているのですが!」と云う電話です。

私は「十人十色の症状がありますが、ブログに書いてある内容は「真実」ですから、是非お出で下さい」と答えました。

翌日、再度電話があり「準備を整え来週から伺います」と云う電話でした。

思ったら躊躇せず、直ぐ実行に移す方は生き方が前向きです。このような方には、必ず女神が微笑むようにできているのです。

(仮称)忍さんは陶芸家です。

陶芸に興味があり二十歳を過ぎてから、陶芸教室に通い、それから陶芸の講習所を出て窯元に弟子入りしました。十数年を経て独立し、今は自宅で陶芸をしていますが、ボランティアとして地域で陶芸も教えています。

忍さんを見ていただくとお分かりですが、ガッチリとした体躯で、肩も通称「怒り肩」です。

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顔は穏やかな雰囲気を持ちすこぶる健康に見えます。

しかし、肩、首、二の腕に触れて驚きました。筋肉質で硬いのです。それも半端ではありません。

三叉神経痛を発症されている方で柔らかい方はいませんが、これほど筋肉を鍛たえている方は初めての経験です。

でも、話を伺って納得できました。陶芸の基本は粘土を練ることだそうですから筋肉も発達するのです。

それも手ではなく肩で練る「菊ねり」と云う練り方だそうです。

手と腕で練るものだと素人考えで思ったのですが、プロの技があるのです。

そして陶器作成には「ろくろ」に粘土を載せて陶器の形を作るのですが、右肩、右手、右目を集中的に使うということです。

この長年の動作が三叉神経痛を発症する原因となったのです。

三叉神経痛が発症したのは平成22年2月、右側の下顎の奥「歯ぐき」にちょっとした痛みがでて歯科医院を受診します。

歯に問題はないとのことでしたが、痛みが消えないので6月に入り、下顎の親知らずと臼歯1本を抜歯します。

しかし、痛みは変わらず、更に上顎の奥歯周辺にも痛みが発現し、痛みは前よりも酷くなります。

歯科医院から個人の内科医院を紹介され、三叉神経痛ではないかと「テグレトール(抗てんかん薬)」を処方されますが効果はありません。

大学病院の口腔外科にも行きますが、はっきりしません。

大学病院では、医師が先輩の脳神経外科の開業医を紹介してくれたので受診します。

ここでは診断後「三叉神経痛ですね!」と云われ、テグレトールを処方されますが、痛みは変わりませんでした。

平成23年の正月、左手と背中が帯状疱疹に見舞われ痛みで苦しみましたが、1か月で治まりました。

この時「リリカ(抗てんかん薬)」の処方も受けましたが効果がなく、それ以降、私には薬は効かないと考え三叉神経痛の薬の服用は止め、痛みが酷い時は、主人と子供たちの食事など最小限のことをして、治まるまで寝ていることにしたそうです。

平成24年9月に入り、三叉神経痛についてインターネットで調べている中で、高橋健康指導センターの「三叉神経痛の克服」のブログを見つけ、薬を使わずに良くなるのであればと、長野に出向き健康指導を受けたいと決断したそうです。

最初家を長く空けられないので、五日間で帰ろうと考えたそうですが、家族が折角行くのだから、10日は指導を受けたらと云われ10日間に決めたそうです。

そして9月24日から10日間私の健康指導を受けます。

先ず、現在の状況について伺いました。すると三叉神経痛の薬は効果がないので服用はしていないとのことでしたが、別の問題で飲んでいる薬があるとのことです。

10年来「不眠症」で催眠薬「マイスリー」と精神安定薬「パルギン」です。10年前睡眠障害が起きまったく眠れなくなったときから服用してきたということです。

私は忍さんの陶芸の仕事の結果、過緊張に陥った肩と首が原因で睡眠障害が起きたことを直感して指導しました。つまり、肩、首の緊張が緩和されれば睡眠障害は解消されるということです。

また、私は健康体になるためには薬は不自然であることも説明しました。三叉神経痛も不健康であるために出ている症状です。ですから健康体になるためには、薬不要の体にする努力が必要と云うことです。

薬に頼って体を維持していては、真の健康体にはなれません。

忍さんにとっての課題は、三叉神経痛克服以前に睡眠障害克服が必要です。

自分の力で眠れる状態にしないと真から疲労は解消されません。疲労が解消されなければ三叉神経痛も克服できないからです。

つまり、薬の力で眠っているのでは真から眠っているのではないのです。眠れという「ホルモン」が出なければ、疲労は取れないのです。

この点を理解できるかが、どんな病でも大きな鍵になります。

私は強制しません。薬は時間をかけて徐々に止めていく指導をしました。

眠れないと訴える方は、3時間、5時間、8時間連続して眠れないと不眠症ですと云われます。

これは間違った考えなのです。人間の生理作用は様々な外界、或いは内面の作用で一時的に眠れないことがあります。この時しばらく余裕がもてればよいのですが、直ぐに不安から病院で診察を受けます。医師は訴えられた症状に対して睡眠薬を処方します。

そして薬を断てば眠れないので薬と縁が切れなくなるのです。

精神病の第一歩はこんなところから出発します。経験から云えるのです。

さて、話を戻しますが、忍さんも同じように考えてしまい睡眠剤を服用するようになったのです。

原因を医師は教えてくれませんから10年間睡眠剤を飲んできたのです。

肩の緊張や首の張りが睡眠障害の原因とは、私に指導されるまでは知る由もありません。

私の指導で3日目から薬を断ちました。ここからです。禁断症状が出ます。

音に敏感になり、味覚、匂いにも敏感になり吐き気も訴えます。昨日まで食べられた物が今日は食べられないという状況です。

一睡もできない一晩中目がさえているというのです。

経験から先ず一つ、眠っていないというけれども、自分で自覚が無いだけで僅かな時間は眠っているのです。証拠に翌日それほどの疲労とか倦怠感を感じません。

次に、眠れなければ3日程すると必ず眠れるのです。

その点を指導し、その通りになりました。不眠症は正しい原因を解消しながら、眠れなくてもよいという気持ちを持つことで次第に解消されていくのです。

その点を理解した忍さんは、眠れないという不安が解消したことで徐々に眠れるようになったのです。「先生昨夜は3時間ぐらい眠った」というように、気持ちが明るくなってきました。

不眠症の正体が解かったことの安堵感から、三叉神経痛の痛みも和らいできました。

私の手当ては、骨格の歪みをとる「骨盤調整」をします。この手当は全身の緊張した筋肉群を緩める効果がありますから、肩、首の緊張も和んできます。結果、体をリラックスさせる副交感神経が働き始め、不眠症も解消されますが、顔面の緊張も解消されて、三叉神経の痛みも徐々に改善されてくるのです。

不眠症も三叉神経痛も元は体の歪みが引き起こす筋肉群の過緊張が原因です。

忍さんは「腰痛」も訴えていました。証拠は次の写真です。

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左骨盤がこれだけ亜脱臼していたのです。これでは体全体に負担をかけながらの日々ですから、体の緊張が改善されることは有りません。冒頭の正面からの写真も見ると、左右の肩は不揃いで顔も右側に傾斜していますから、三叉神経痛も右側に出ています。

次の写真は骨盤を調整した後の写真です。

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この状態がキープできれば腰痛も三叉神経痛も徐々に解消してきますが、骨盤を支えている筋肉群が老化しているために、また「骨盤」に歪みが生じてしまいます。

ですから手当てを毎日継続するのです。

筋肉群が弾力ある状態によみがえると、骨盤が落ち着いて歪みが解消されてくることで全ての症状は消えてきます。

この筋肉群が正常な状態になるのに幾日必要かということが、三叉神経痛改善の大きなポイントです。

忍さんは6日間で禁断症状が和んできました。少しでも自分の力で眠れるようになったことで変わってきたのです。

7日目、道産子の言葉で「こわい(疲れた)」感じが解消されて来たと喜んで話をしてくれました。

9日目になると、禁断症状がほとんど消えてきます。三叉神経の痛みは、温めることで「うごめく」感じが右奥歯周辺にでていたが、今日は昨日の半分になったということです。

最後の日がやってきました。

腰痛は消えました。禁断症状も解消です。三叉神経の痛みももう少しです。食べる事、歯磨き、洗顔にも支障がなくなりました。

10日間の健康指導は終了しました。

忍さんの三叉神経痛は100%までは解消されませんでしたが、後は時間の問題で、マスターした自己療法を実践することで解決できるでしょう。

忍さん曰く「三叉神経痛に罹患して長野まで来て、本当に勉強になった。生活の事、食事の事、気持ちの持ち方など、今まで全く知らなかったことを学ぶことができて、これからの生活に自信が持てるようになった」というコメントです。

私も同じでした。腰痛や首痛、虚弱体質に38年間も悩まされて生きてきたが、医師は健康になる方法を何も教えてはくれませんでした。それが五味先生に出会い、大高先生に出会い、様々な知恵を得ることが出来たことで「生きる不安」がなくなったからです。

言い換えれば、病を背負っていたからこそ、生きる上で大切な「秘訣」を学ぶことが出来たのです。

ですから、病で苦しんでいる皆さん「悲観」することではなく、本物を見つけて率先する気持ちを持って、指導を受けることで「人生」が変わります。

実行できない人は現世の「生き地獄」の中で、苦しみ悶え生涯を「むなしく」終わるしかないのです。

三叉神経痛にあらず神経の痛みは患っている「本人」しか分かりません。その痛みがどれほどであっても、経験のない他人には理解できません。

手当てを受けたくても、家族がいれば家族の協力がなければ痛みを癒すことはできません。

忍さんは家族の協力があって、10日間の手当て、健康指導を受けることができました。

良い家族をお持ちです。

家族からメールがあったそうです。「忍さんがいないことで、その有難さが分かった」と高校生の息子さんからだそうです。

後日手紙が届きました。

「身体を温めたり、もみほぐしたり、散歩したり、ゴムを使ったり、食事にも注意しています。ぐっすり眠れて前日の疲れがあまり残っていない朝は、痛みがまったくないとのことです。そして「免棒」は最高だそうです」

信じる者には女神が必ず微笑みます。

 

三叉神経痛のみならず、体の問題で悩んでいる皆さん、勇気をだしてご相談ください。

最高な人生を送るためには学ばなければ、解決はできないのです。

 

高橋健康指導センター

電話 026-224-9070

FAX 026-224-9072

メール j-t@mx1.avis.ne.jp

平成24年10月23日 髙橋純一

 

一回の施術で克服した三叉神経痛の症例

   (仮名)前島みそらさんは中学三年生、今は高校入試の受験勉強に明け暮れています。

そんな若い、みそらさんも三叉神経痛に短期間悩まされます。

 10月8日のことです。当日は土曜日で学校はお休みですが、受験勉強を頑張らなくてはなりません。

普段通りに起床して朝食を食べようとした途端、右側奥歯に強烈な痛みが走ります。

あれあれ何だろうと「狐につつまれた」ような状態になりますが、暫くすると痛みが治まります。治まった事で朝食を済ませますが、嫌な感じを残します。

昼食も同じように、食べようとした最初に右側奥歯付近に痛みが発現しますが、直ぐに治まり普通に食事ができましたから、その後の食事は痛みが治まれば食することで済ませました。

 2日ほどそんな状態が続きましたから、両親は市販の痛み止めを求めて、服用させますが効果は有りません。

すると食事の時のみ右側奥歯に出ていた痛みが、今度は右眼の奥から右側おでこ付近にも痛みが食事以外でも発現するようになります。更に、食事のときの痛みが強くなり治まるまでの時間が長くなります。

このような状態に陥りもはや受験勉強などできません。

 10月14日総合病院を受診します。診断名は三叉神経痛で二種類の薬を処方されます。「テグレトール(抗てんかん剤)とロキペイン(非ステロイド抗炎症剤)」です。服用の効果はありましたが、思わぬ事態に悩まされます。

酷い「口内炎」です。このために食事ができません。

両親は、これは薬の副作用ではないかと気づきインターネットで調べます。両方の薬に口内炎の副作用が記載されています。更に、下痢や胃部不快感の症状も出ており、副作用ということが分かりますが、副作用の多さに驚きます。

 このような危険極まりない薬を服用していくことで、今後更なる副作用に見舞われ、みそらは廃人になってしまうと危惧し、他に何かよい療法がないかインターネットで検索します。

当センターの「体験談」にたどり着き、薬なしで三叉神経痛を改善した幾つかの症例を読み、希望をたくして10月15日伊那市から来られました。

 

三叉神経痛は身体の歪みが根本原因です。

 

正面からの写真を見ます。左肩が下がり顔は右側に傾斜しています。

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背骨から首の骨にゆがみがあるからです。

ゆがみの元は骨盤です。

両足の長さを比較します。右足が短いので右骨盤がヅレています。

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大仏座りも中学生にしては柔軟性に欠けます。

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上肢の歪みは、肩や首、顔面の筋肉群を緊張させて三叉神経を圧迫します。

この身体の歪みを改善して、柔軟性を養う運動をしていくことで三叉神経痛は克服できる事を指導しました。

健康指導中も右側顔面には痛みがあるとのことでしたが、骨盤を整え、上肢の調整が終わった時点で質問してみました。

「みそらさん頬の痛みはどうですか?」

「先生!痛くなくなった。不思議!嬉しい嬉しい!」と大きな瞳を輝かせて喜ぶ姿は、忘れる事ができません。

 10月15日帰り際にお父さん「先ずは一安心ですが、再度痛みが出たら直ぐに伺います」と言われて帰られましたが、今年の年末まで来られないので電話をして見ました。

「先生有難うございました。あれ以来三叉神経の痛みは出ていません。驚きました!」という興奮気味の返事が返ってきました。

 1回の指導で痛みが半減した方はいましたが、全く消えた方は初めての経験ですので、私も驚きました。しかし、考察すれば、私のところに来られる方は全員が、最初から、西洋医学の手当てに何年か何十年かかわり、何種類の薬を服用し副作用に苦しみ、また、薬の効き目に失望して、手術を受けた方が大半です。

一日のみの薬の服用の結果出た副作用に気づき、他の療法を模索した両親が賢かったということです。

何年も薬の服用を続けても症状が酷くなっていくと言う事は、薬は三叉神経痛の根本原因を改善してくれないからです。身体の歪みの進行を止められないため、最初は薬で症状が改善される事はあっても、ゆがみが進行することで再発するのです。そしていかなる薬も効果がなくなると、手術を選択すると言う事になります。

 

手術をして何年かは痛みが消える方もいますが、3,4年で再発するようです。つまり、歪みが顔面骨にまで及ぶことで顔面の筋肉群が三叉神経を圧迫する事態まで進行するからです。

しかし、薬の効かない人、手術で再発した人も、歪みをとることで我慢できるまでに改善され、更に手当てを継続することで、身体の緊張が一定のレベルまで緩むと痛みは消失するのです。

みそらさんは発症から8日目に、私の健康指導を受けたのです。

身体の歪みが小さかったこと、そして筋肉群もダメージが少なかったことで、一回で痛みが消失したのです。

12月初旬  高橋健康指導センター 高橋純一

三叉神経痛を乗り越えての喜びも、つかの間で訪れた悲劇の原因を探る。

 2010年11月18日に、私のブログで「ゴッドハンドを持つ名医から見放された三叉神経痛克服」を読んで、千葉県から某航空会社の日本駐在員をしている米国籍(カリフォルニア出身)の男性Bさんがみえました。

 Bさんは2001年ハワイ駐在中に「右下顎」に三叉神経痛を発症し、以来、テグレトールを米国の主治医に処方してもらい、規則正しく服用してきたとのことです。

Bさんの奥さんは「美千代さん」と云う日本人で、主人は「痛みの恐怖のトラウマ」から、目覚まし時計をセットして8時間単位で、真夜中でも薬を服用していることに心を痛めていたとのことです。

 

2年前から、日本支社の成田に転勤となりましたが、仕事は出張が多く、ゆっくり身体を休める余裕がない生活の中で痛みに耐えかねて、今年の4月に「微小血管減圧術」の手術を千葉市内で受けます。

しかし、半年間は痛みも消えていましたが10月ごろから痛みが再発して、

精神的にも追い込まれ、11月当センターに来られた時は「ガンマナイフ」治療の段取りをしていると話されました。

 私は、ガンマナイフは放射線障害の危険性が大きいので、私の自然な療法を出来る限り多く受けてみることを勧めました。

また、三叉神経を克服した患者さんの体験談、三叉神経痛は身体の歪みから発症する原理を、奥様に通訳してもらい説明しました。

骨盤など解剖学の用語は、奥さんも分からないので辞書で調べての説明でしたが、本人は性格も理解力もよく、納得して手当てを受けてくれました。

「Bさんの身体の歪みを見てください」

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正面の写真を見ると、顔は右側に傾き、左肩が極端に下がっています。

この身体の歪みは骨盤が歪んでいるため、背骨がバランスをとるために、S字状に曲りが出るからです。

三叉神経は上半身の歪みが大きく影響していますから、この歪みを正す手当てを続行しないと、根本的に痛みは取れないでしょう。

薬も手術も一時しのぎでしかないことは、体験者の方はお分かりのはずです。

どれほど有名な医師、大学病院に通っても、三叉神経痛の根本原因を正さなければ解決ができないのです。

次の写真は「大仏座り」と云いますが、三叉神経痛の方は身体が硬いのが特徴です。顔が床につきませんから、身体が硬いことが伺えます。

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足の写真は、上は骨盤を正す前の写真です「右足が短いですから、右骨盤が大きくズレています」。真中は「右骨盤を調整するとだいぶ長くなりましたから、左骨盤も大きくズレていました」

下は「左骨盤を調整することで、左右揃いました」

 このように左右の足が不揃いで生活をすることで、身体全体に大きな負担をかけることから、筋緊張が増幅されて顔面に三叉の痛みが発現しているのです。

この身体の大きな歪みが三叉神経痛の根本原因です。

骨盤を整えたことで、身体の歪みは時間の経過とともに解消してきますが、筋肉が硬いので、柔らかくする手当てを出来る限りすることを説明しました。

 毎週1回の手当てを継続する中で、2011年2月に入ると、体調が非常に良くなったと喜んで話してくれましたから「薬はどうしていますか?」と問うと、奥さんが「痛みは出ていないけれど、痛みの発現の怖さがあって服用は止められないのです。体調も良いので先生から薬を止めるように話してほしい」と云うのです。

私は「薬は副作用があるので身体には毒です。体調も良いのですから、勇気をだして薬を減らしていきましょう。痛みは出ないと思いますよ!」と、経験から説明しました。

 

Bさんは2月中旬から、2週間休暇をとり奥さんとカリフォルニアに帰りました。

3月に入り「薬は完全に断ちましたが、痛みはありません」と話があり、米国に帰り主治医に「日本で整体を受けたところ、三叉神経痛の痛みが、ほとんどなくなりました」と話をしたところ「それはよかったですね!」と一緒に喜んでくれたと話がありました。

奥様曰く「米国では西洋医学以外の手当てでも、治ることが優先なのです。主治医は受け持ちの患者が良くなることは、誇りになるのだ!」というのです。

日本とは比較できない米国の医師の考えに、私は感動しました。実は、米国の医学部では、西洋医学以外の手当法の講座が100時間近くあるということですから、他の療法の良さも医師は理解しているからでしょう。

日本の多くの医師は、西洋医学以外の手当てなど、怪しい手当だと見下げているのが現状です。

しかし、日本の医学部にそのような講座が存在しないのですから、仕方ないのかもしれませんが、良くなる可能性のある療法は研究して欲しいと望まずにはいられません。

 

さて、三叉神経痛の痛みが消えたと笑顔が戻ったBさんでしたが、思わぬ事態が発生します。

4月に入り一週間の出張から帰って、当センターに来る前夜、腹痛で苦しみます。翌朝、近くの胃腸科クリニックで診察を受け、検査の結果「肝臓がん」が見つかったのです。

奥さんから朝電話があり「カリフォルニア」に帰って、主治医と相談しますと連絡がありました。

後日、国際電話がありました。

「肝臓がんはかなり進行しており、処置の方法はないので静養するしかない」という、美千代さんからの残念な連絡でした。

 

Bさんが服用していたのは「テグレトール」です。

テグレトールは効く人には効果が抜群です。しかし、肝機能を低下させるために長期使用は非常に注意が必要な薬とのことで、1月に一回肝機能検査をして服用をする薬です。

Bさんにはもう一つ気になることがありました。

ファストフードの「ハンバーグステーキ」が大好きで、出かけると直ぐに「ファストフードで買ってしまうのです」と、美知代さんが諦め顔で話されていました。

また、Bさんは肉類が大好きなので、自宅では和食を中心にしての食事を心がけているが、出張が多いので、その時まで目を光らせることができないので、気になると言われていました。

なぜ、ハンバーグが気になるのかというと、ハンバーグの油分を消化するのは肝臓です。

動物性の油分は肝臓に負担をかけるからです。

テグレトールも肝臓に負担をかけます。

テグレトールは痛みの恐怖から、一日3回必ず服用して10年、肝機能検査を定期的にしていたかは確認してありませんが、急に肝臓がんが見つかったということは、検査を怠っていたということではないでしょうか。

米国式の食生活は「ガン」リスクが高いので、近年では「野菜」を一日350g摂るようにと指導がなされていますが、ファストフードのハンバーグでは、絶対量で野菜が欠乏してしまいます。

三叉神経痛を乗り越えることは出来ましたが、薬の副作用と食事との関係までは、気が回らなかったのでしょうが、私はこの点に問題があったのではないかと考えています。

あの身体の大きな歪みがもたらすものを、三叉神経痛で苦しんでいる方は直視してください。正さなければいけません。

しかし、西洋医学はまったく問題にしていない事実を知ってください。

そして薬「テグレトール」の副作用のリスクを知ってください。

更に食事では、動物性の油分は「肝臓」に大きな負担をかけることを知って下さい。

危険な現実を生きている自分を知ることができたら、退避する方法を取るべきでしょう。

一回だけの人生「大きな試練」に立たされてはいますが、前向きに生きることができれば、乗り越えることができます。

勇気を奮い立たせて、自分の人生を大切にして下さい。

何時でもお気軽にご相談下さい。メールでも電話でも。

      2015年10月 前の体験談を手直ししました。 高橋純一

現代医学の三叉神経痛治療に、翻弄された人・克服した人

 ここ一年間で「三叉神経痛」に苦しんだ三人の方の体験録を、私は持っています。

その内の一人は完全に克服され、もう一人の方も克服にもう一歩のところまで来ています。

 そしてもう一人の方は昨年11月中旬「他界」されました。

「三叉神経痛治療の光と陰」について考察してみました。

先にブログに紹介した「ゴッドハンドを持つ名医」に見放されたK・Sさんに、三叉神経痛の症状が出たのは平成9年です。

三年間総合病院の治療に専念しますが一向に改善されず、不信感を持って総合病院の治療から離れ、二年間、個人医院、鍼灸院、民間療法の治療に切り替えてみましたが、痛みの軽減はできませんでした。

その後は痛みが軽減できないことに諦めを持って、一切の治療を断念しての生活をしてきて、昨年4月私の指導を受ける中で、数ヵ月後には痛みは消失しました。

 

昨年11月に他界されたMさんは、66歳で発症して十年間西洋医学のみの治療を受けてきました。

平成12年に発症、総合病院で「三叉神経痛」と診断され、先ずは内服薬による治療を開始します。薬品名は「テグレトール」抗けいれん薬です。

最初は効果がありましたが次第に薬を増量しなければ効果がなくなります。そして三叉神経痛以外の症状にさいなまれます。

この症状はこの薬の副作用に記載がありますが、使用を続行します。

「めまい、ふらつき、歩行困難、抑うつ、頭痛、目の調節障害、食欲不振、高血圧、便秘、口の渇き、発熱、意識障害、低ナトリウム血症、関節痛」など、これらの症状のために、脳神経外科、内科、整形外科、胃腸科を受診し、これらの症状を緩和すべく、薬の種類が増えます。

多い時で十種類の薬の処方を受けます。

右下あごの痛みのため「藁にもすがる」思いのMさん、そして家族は平成17年11月、内服薬では限界を感じ「微小血管減圧術」の手術をうけることにします。この手術は脳深部の血管と三叉神経が触れている部分に緩衝する物質を挟みこむことで、三叉神経への刺激を抑制する手術です。

しかし、効果はほとんど無く。困惑している中で医師に、最近注目されている「ガンマナイフ治療」を受けることを助言されます。

ガンマナイフ治療は、ガンマ線を三叉神経の根進入部にピンポイント照射する治療法です。

平成18年3月この治療を、東京の某大学病院で受けます。

結果は三ヶ月ほど効果が有りましたが、再発してしまいます。

以降、なすすべが無い状態で内服薬の治療のみになりますが、転倒する頻度が多くなり、くだんの症状に悩まされます。そして寝たきりとなり、平成22年11月「脳浮腫」が原因で他界されました。

某大学病院のホームページに「ガンマナイフ治療」については、「三叉神経痛」にも効果が有る旨の記載がありますが、危険性として「脳浮腫と放射線障害」とあります。

そして「定期的な外来での経過観察にて十分予防できるものがほとんどです」とも記載があります。

平成21年に入り、Mさんは某大学病院に再入院もしています。そして、たらい回しに、大学病院を回り地元の総合病院に戻り、自宅療養となります。

なすすべが無いということです。

私に相談があったのは、昨年の8月です。

なすすべが無い西洋医学の治療の中で、家族の方が髙橋健康指導センターのホープページにたどり着いて、問い合わせがありました。

 あまりにも長い年月の薬と手術の弊害は、自然治癒力を呼び戻すには限界です。

脳浮腫が死亡原因です。

 「光と陰」

k・Sさんは、三叉神経痛の治療として「微小血管減圧術」「ガンマナイフ治療」が、確立されていない時期に西洋医学の治療から身を引いたのです。諦めであっても、西洋医学の治療では治らないと確信したのです。

Mさんは、素直に医師を信じて、医師の指示通りに西洋医学の最先端と言われる治療法に身をゆだねたのです。

K・Sさんも発症がもう少し遅れて、新たな治療が試されている、17年以降であったなら、どうなっていたかは運命の悪戯でしょうか。

 今回三叉神経痛で苦しんだ米国の男性Bさんが、昨年の11月から見えています。

 私のブログ「ゴッドハンドを持つ名医から見放された三叉神経痛克服」を読んで、千葉県からです。

詳細は、克服しましたら紹介させていただきますが、米国の航空会社の役員をしている多忙な方です。

 K・Sさんと同じように、右下顎の激痛のため精神的にも追い込まれていましたが、現在は薬の服用もなくなり、痛みも感じないか、出ても我慢できる状態まで改善しています。

発症は2001年ですから、十年前です。

以来、米国の主治医から薬を処方してもらい世界中を飛び回っていました。

昨年日本支社に駐在となり、いよいよ我慢の限界を超えて「微小血管減圧術」を日本で受けましたが、Mさんと同じで結果は暫らくの安堵でしかありませんでした。

三叉神経痛の治療の定番は、次に「ガンマナイフ」のようです。

 私のところに見えたときも「ガンマナイフ治療」を受ける段取りをしているとのことでした。

選択肢は色々あるので、先ずは当センターで「総合療法」をして、体質改善をしましょうと指導しました。

週一回の指導で、二ヶ月が過ぎたところですが、薬の服用は必要ないところまで、痛みは軽減しました。

後は、本人が自己の身体をいたわる生活ができるかにかかっていると思います。

 医術の進歩といっても、副作用が付きまとう危険極まりない治療でも、痛みが取れない患者には、医師は最後の望みを賭けて最先端治療を勧めます。

 医師ができる治療は、医学会が公認した治療だから、治る確率が低くてもやるしかないのです。他に治療法がないのですから。痛みに耐えかねた患者と対峙したら、新たな治療法があれば勧めるでしょう。

 これが西洋医学の実態です。医師も責める事はできません。

でも、自分の手当て法は、自分で選んでも悪い事はないでしょう。

 くだんの三人の患者さん。

西洋医学の治療から逃れた方は、三叉神経痛を克服したという事実を、三叉神経痛で苦しんでいる方は、肝に銘じるべきでしょう。

 そして多くの皆さん、薬や手術の陰にひそんでいる危険性を知ることです。

 

 高橋健康指導センター 髙橋純一 平成22年12月 

西洋医学各種治療に翻弄され、黄泉へ旅立った三叉神経痛体験談。

  長野県内の77歳の石橋道雄(仮名)さんは、平成22年11月某日早朝県内の総合病院で他界されました。

私が石橋さんとかかわりを持ったのは、8月22日のことです。家族の方から「三叉神経痛を患い苦しんでいるが先生の意見を伺いたい」とい言う電話があり、訪問して状態を観察し、今日までの経過を伺いました。

歯科医院勤務であった石橋さんは66歳まで歯科医院に勤務をされていたとのことです。仕事は多忙で帰宅時間は毎日午後11時ごろが多かったということです。長年前屈みの仕事の性でしょう、猫背がひどく姿勢も悪い状態だったそうです。

仕事に見切りをつける数ヶ月前から、右側の下の歯茎に痛みが出始めました。総合病院で診察を受けると「三叉神経痛」と言うことで、薬はノバルティス社の「テグレトール」を処方されます。この薬は「抗てんかん剤」ですが、三叉神経痛にも使用されます。

三叉神経痛の西洋医学の治療法は、大きく分けて四通りあります。

①「内服薬による」治療法。

②「微小血管減圧術」脳深部血管の三叉神経への圧迫を手術により取り除く治療。

③「三叉神経節繊維破壊術」頭蓋骨の三叉神経出口に局所麻酔薬や神経破壊薬を注入して神経をブロックする治療。

④「ガンマナイフ治療」ガンマ線を三叉神経線維の脳幹出口にピンポイント照射し、三叉神経の何割かを殺す治療で、70%から90%の確立で痛みが消失すると報告されおり、今後更に利用されるべき治療法といわれています。微小血管減圧術の再発にも有効といわれている。

 

石橋さんはこのマニュアルにのっとって、治療を開始しますが、痛みがひどく66歳で仕事を辞めます。内服薬「デグレトール」は最初は効果がありましたが、次第に効果が薄くなるので服用量を次第に増量していったそうです。石橋さんは次第に、薬の副作用に悩まされるようになります。

しかし、薬の副作用とは家族も本人も思わなかったそうですから、服用を継続します。

「デクレトール」の使用により、石橋さんの訴えた症状など「めまい、ふらつき、歩行困難、抑うつ、頭痛、目の調節障害、食欲不振、高血圧、便秘、口の渇き、発熱、意識障害、低ナトリウム血症、関節痛」。これらは、この薬の副作用、重大な副作用に記載されています。

これらの症状を解決するために、更に「薬」が処方されていました。私が訪れたとき、石橋さんの服用していた薬の数は10種類ほどでした。

それは様々な症状があることで、脳神経外科、内科、整形外科、胃腸科、精神科を受診していましたから、それぞれの科が薬を処方していたのです。そして薬の怖さを知らず、真面目に服用していたのです。

 

平成17年11月痛みが酷く、総合病院で「微小血管減圧術」の手術をうけます。術後一ヶ月は痛みが消失して笑顔がもどったそうですが、また再発します。

医師は、再手術は出来ないので「東京某医科大学」脳神経外科の「ガンマナイフ治療」を勧めたそうです。

平成18年3月ガンマナイフ治療をうけます。効果があり術後痛みが消失して安堵の生活にもどります。

しかし、その生活もつかの間の安らぎでしかなありませんでした。

3か月後痛みが再発して総合病院への通院治療にもどり、神経をブロックするペインクリニックでの治療と、薬の服用が続きます。

平成20年4月転倒して左鎖骨骨折、同年9月腰椎圧迫骨折。

平成21年4月頃から足が不自由になり転倒する回数が増える。

5月に入り、不眠症から幻覚が現れ「脳神経外科」に入院して検査を受けるが、異常は見つからなかった。

歩く事が困難となり、誤嚥肺炎も起こすようになり、次第に自力での食事摂取が困難と成った事から「経鼻胃管栄養」にきりかえる。

意識が混濁して会話も不可能になり、7月から総合病院を皮切りに「東京某医大病院」「某大学病院」五反田「某病院」と周り各種検査と治療を受けるが、効果なく某病院では「胃ろう」の手術をうける。

自己免疫異常、代謝異常の診断を受け「ステロイド剤」の投与もうける。

感染症脳炎、高次機能障害、見当識障害、脳の代謝異常など診断されたが、打つ術は無くなってゆく。

 

12月に総合病院に戻る。

総合病院では、脳の検査の結果「脳浮腫」があり、脳の神経細胞が異常を来たしているという診断がなされ、これ以上の手当ては無いと、平成22年5月中旬退院、自宅療養にきりかわる。

「痰」が頻繁になり「痰吸入」を始め家族が交代で24時間介護し、週3回訪問看護の手当てを受ける。

医師には「何時何が起こっても不思議でない」と見放される。

私が伺ったときの道雄さんは、ベッドの上で左右の腕が内側から外に向かって捻じれ、手の平が外側を向いてお腹の上に乗っていました。手の甲が擦れる出血するので、手袋をつけていました。

目は大きく見開いて、瞬きはしていましたが、呼ぶ声に反応はありませんでした。その日から動かせる関節を少しずつ動かし、光線も当てました。

固まっていた関節も少しずつ緩み、腕や足の可動範囲が広がってきました。

血液中の酸素量も回復して普通に戻りました。便秘もしていて薬剤を使用しても、改善されなかったのに便秘も解消されてきました。

時折「声」を発するようになってきて、この手当てを受ける前とは明らかに変化が出てきました。

期待が膨らむようになってきた矢先、体温がさがり、呼吸が荒くなったことから、緊急入院をして検査を受けると、脳浮腫が起こっているとのことで、一時症状は持ち直しましたが、再度緊急状態に陥り不帰の客となりました。

亡くなった原因は、低体温から呼吸困難です。つまり、脳の機能低下でしょう。脳浮腫がひき起こした事は疑いの無い事実でしょう。

東京某医科大学脳神経センターのHPに「ガンマナイフ」治療について記載があります。

ガンマナイフの効果について期待できる文言です。そして危険性として「脳浮腫と放射線障害」とありますが、「定期的な外来での経過観察にて十分予防できるものがほとんどです」とも記載があります。

三叉神経の痛みのため「藁にもすがる」思いで、道雄さんも家族も医師を信じて10年に及ぶ治療を受けてきました。

薬の服用による副作用で新たな症状に悩まされて、薬の種類は10種類を越え、手術に一縷の望みを託して、そして放射線にも望みを託してみたが、僅かな日々の安堵でしかありませんでした。

そして「ガンマナイフ」の後遺症で命を落とす事になったのです。

その後遺症について東京某医科大学の医師からは、説明はなかったそうですが、後日「脳浮腫」について総合病院の医師から、その可能性がある旨の話はあったそうですが、後の祭でした。

 

私は今年二人の三叉神経痛の方と接して、お二人とも克服されました。

それほど長い期間の健康指導ではありませんでしたが改善されました。

道雄さんも早くに、この療法に出会っていれば人生は全く変わったものになっていたことは、間違いありません。

三叉神経痛から、各種西洋医学の治療を受けることで症状は益々深刻になっていったのです。

病気を治す治療が逆に病気を重くしていくという治療は、一体何なんでしょう。

私は、これは西洋医学が全く目を向けない「身体の歪み、不随して起きている、身体の過緊張」を改善するという発想を持たないことが一番大きな問題であると考えます。

薬、手術、神経ブロック、放射線は交感神経を刺激して更に過緊張の状態を作るのです。

治る人もいるでしょうが、治らない人の場合は、別の観点からの手当ても併用すべきでしょう。攻撃的医療と云われている外科的処置の危険性を医師も十二分に理解すべきです。

ご家族は「訴訟」を起こすことも考えたと云われましたが、そのようなことは現実一個人にとっては、不可能と諦めたと云われました。

「泣き寝入りです」

このような事例は全国にも多々あることではないかと思います。

 

ご家族の娘さんは「父は仕事を辞めてから十年間、唯ひたすら三叉神経の痛みとの戦いに明け暮れ、一度も旅行に行くこともなく、そして、寝たきりになってしまった。

薬など西洋医学の治療で治ると信じてやって来たが、最悪な結果になってしまった。十年を経て始めて知った、自然療法で、せめて会話ができる状態まで戻ることができれば、それだけでよい」と言われていました。ご家族の心労と無念さは、計り知れないものがあります。

よい方法があっても、この療法を多くの人に知ってもらう手法は、限られています。良いことをもっと広げる「国」や「マスコミ」の姿勢が問われています。

 

三叉神経痛でお悩みの方は、もっともっと視野を広めて、西洋医学の手当てについても勉強してください。そして、併せて、自然療法についても感性を働かして考えてください。

薬やメスでは完治しない問題が潜んでいるから、何年経っても三叉神経痛から脱出できないのです。早まって薬やメス、放射線へと進むと、このような結末を迎えることもあるということを真剣に認識することが、存命に必要なのです。

「後悔先に立たず」です。

平成25年3月          高橋健康指導センター 髙橋純一