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薬も手術も不要で三叉神経痛の痛みを克服する方法・体験談

美味しい空気・美味しいお水・美味しい食材の、自然豊かな長野で、三叉神経痛を乗り越える健康指導を受けてみませんか!                          歪みの正し方・健康を維持する食事・正しい運動法・病に対する心の有りよう、日常生活の基本など、高橋健康指導センターは健康を回復するノウハウを懇切丁寧に指導いたします。

西洋医学各種治療に翻弄され、黄泉へ旅立った三叉神経痛体験談。

三叉神経痛を克服する方法・体験談

  長野県内の77歳の石橋道雄(仮名)さんは、平成22年11月某日早朝県内の総合病院で他界されました。

私が石橋さんとかかわりを持ったのは、8月22日のことです。家族の方から「三叉神経痛を患い苦しんでいるが先生の意見を伺いたい」とい言う電話があり、訪問して状態を観察し、今日までの経過を伺いました。

歯科医院勤務であった石橋さんは66歳まで歯科医院に勤務をされていたとのことです。仕事は多忙で帰宅時間は毎日午後11時ごろが多かったということです。長年前屈みの仕事の性でしょう、猫背がひどく姿勢も悪い状態だったそうです。

仕事に見切りをつける数ヶ月前から、右側の下の歯茎に痛みが出始めました。総合病院で診察を受けると「三叉神経痛」と言うことで、薬はノバルティス社の「テグレトール」を処方されます。この薬は「抗てんかん剤」ですが、三叉神経痛にも使用されます。

三叉神経痛の西洋医学の治療法は、大きく分けて四通りあります。

①「内服薬による」治療法。

②「微小血管減圧術」脳深部血管の三叉神経への圧迫を手術により取り除く治療。

③「三叉神経節繊維破壊術」頭蓋骨の三叉神経出口に局所麻酔薬や神経破壊薬を注入して神経をブロックする治療。

④「ガンマナイフ治療」ガンマ線を三叉神経線維の脳幹出口にピンポイント照射し、三叉神経の何割かを殺す治療で、70%から90%の確立で痛みが消失すると報告されおり、今後更に利用されるべき治療法といわれています。微小血管減圧術の再発にも有効といわれている。

 

石橋さんはこのマニュアルにのっとって、治療を開始しますが、痛みがひどく66歳で仕事を辞めます。内服薬「デグレトール」は最初は効果がありましたが、次第に効果が薄くなるので服用量を次第に増量していったそうです。石橋さんは次第に、薬の副作用に悩まされるようになります。

しかし、薬の副作用とは家族も本人も思わなかったそうですから、服用を継続します。

「デクレトール」の使用により、石橋さんの訴えた症状など「めまい、ふらつき、歩行困難、抑うつ、頭痛、目の調節障害、食欲不振、高血圧、便秘、口の渇き、発熱、意識障害、低ナトリウム血症、関節痛」。これらは、この薬の副作用、重大な副作用に記載されています。

これらの症状を解決するために、更に「薬」が処方されていました。私が訪れたとき、石橋さんの服用していた薬の数は10種類ほどでした。

それは様々な症状があることで、脳神経外科、内科、整形外科、胃腸科、精神科を受診していましたから、それぞれの科が薬を処方していたのです。そして薬の怖さを知らず、真面目に服用していたのです。

 

平成17年11月痛みが酷く、総合病院で「微小血管減圧術」の手術をうけます。術後一ヶ月は痛みが消失して笑顔がもどったそうですが、また再発します。

医師は、再手術は出来ないので「東京某医科大学」脳神経外科の「ガンマナイフ治療」を勧めたそうです。

平成18年3月ガンマナイフ治療をうけます。効果があり術後痛みが消失して安堵の生活にもどります。

しかし、その生活もつかの間の安らぎでしかなありませんでした。

3か月後痛みが再発して総合病院への通院治療にもどり、神経をブロックするペインクリニックでの治療と、薬の服用が続きます。

平成20年4月転倒して左鎖骨骨折、同年9月腰椎圧迫骨折。

平成21年4月頃から足が不自由になり転倒する回数が増える。

5月に入り、不眠症から幻覚が現れ「脳神経外科」に入院して検査を受けるが、異常は見つからなかった。

歩く事が困難となり、誤嚥肺炎も起こすようになり、次第に自力での食事摂取が困難と成った事から「経鼻胃管栄養」にきりかえる。

意識が混濁して会話も不可能になり、7月から総合病院を皮切りに「東京某医大病院」「某大学病院」五反田「某病院」と周り各種検査と治療を受けるが、効果なく某病院では「胃ろう」の手術をうける。

自己免疫異常、代謝異常の診断を受け「ステロイド剤」の投与もうける。

感染症脳炎、高次機能障害、見当識障害、脳の代謝異常など診断されたが、打つ術は無くなってゆく。

 

12月に総合病院に戻る。

総合病院では、脳の検査の結果「脳浮腫」があり、脳の神経細胞が異常を来たしているという診断がなされ、これ以上の手当ては無いと、平成22年5月中旬退院、自宅療養にきりかわる。

「痰」が頻繁になり「痰吸入」を始め家族が交代で24時間介護し、週3回訪問看護の手当てを受ける。

医師には「何時何が起こっても不思議でない」と見放される。

私が伺ったときの道雄さんは、ベッドの上で左右の腕が内側から外に向かって捻じれ、手の平が外側を向いてお腹の上に乗っていました。手の甲が擦れる出血するので、手袋をつけていました。

目は大きく見開いて、瞬きはしていましたが、呼ぶ声に反応はありませんでした。その日から動かせる関節を少しずつ動かし、光線も当てました。

固まっていた関節も少しずつ緩み、腕や足の可動範囲が広がってきました。

血液中の酸素量も回復して普通に戻りました。便秘もしていて薬剤を使用しても、改善されなかったのに便秘も解消されてきました。

時折「声」を発するようになってきて、この手当てを受ける前とは明らかに変化が出てきました。

期待が膨らむようになってきた矢先、体温がさがり、呼吸が荒くなったことから、緊急入院をして検査を受けると、脳浮腫が起こっているとのことで、一時症状は持ち直しましたが、再度緊急状態に陥り不帰の客となりました。

亡くなった原因は、低体温から呼吸困難です。つまり、脳の機能低下でしょう。脳浮腫がひき起こした事は疑いの無い事実でしょう。

東京某医科大学脳神経センターのHPに「ガンマナイフ」治療について記載があります。

ガンマナイフの効果について期待できる文言です。そして危険性として「脳浮腫と放射線障害」とありますが、「定期的な外来での経過観察にて十分予防できるものがほとんどです」とも記載があります。

三叉神経の痛みのため「藁にもすがる」思いで、道雄さんも家族も医師を信じて10年に及ぶ治療を受けてきました。

薬の服用による副作用で新たな症状に悩まされて、薬の種類は10種類を越え、手術に一縷の望みを託して、そして放射線にも望みを託してみたが、僅かな日々の安堵でしかありませんでした。

そして「ガンマナイフ」の後遺症で命を落とす事になったのです。

その後遺症について東京某医科大学の医師からは、説明はなかったそうですが、後日「脳浮腫」について総合病院の医師から、その可能性がある旨の話はあったそうですが、後の祭でした。

 

私は今年二人の三叉神経痛の方と接して、お二人とも克服されました。

それほど長い期間の健康指導ではありませんでしたが改善されました。

道雄さんも早くに、この療法に出会っていれば人生は全く変わったものになっていたことは、間違いありません。

三叉神経痛から、各種西洋医学の治療を受けることで症状は益々深刻になっていったのです。

病気を治す治療が逆に病気を重くしていくという治療は、一体何なんでしょう。

私は、これは西洋医学が全く目を向けない「身体の歪み、不随して起きている、身体の過緊張」を改善するという発想を持たないことが一番大きな問題であると考えます。

薬、手術、神経ブロック、放射線は交感神経を刺激して更に過緊張の状態を作るのです。

治る人もいるでしょうが、治らない人の場合は、別の観点からの手当ても併用すべきでしょう。攻撃的医療と云われている外科的処置の危険性を医師も十二分に理解すべきです。

ご家族は「訴訟」を起こすことも考えたと云われましたが、そのようなことは現実一個人にとっては、不可能と諦めたと云われました。

「泣き寝入りです」

このような事例は全国にも多々あることではないかと思います。

 

ご家族の娘さんは「父は仕事を辞めてから十年間、唯ひたすら三叉神経の痛みとの戦いに明け暮れ、一度も旅行に行くこともなく、そして、寝たきりになってしまった。

薬など西洋医学の治療で治ると信じてやって来たが、最悪な結果になってしまった。十年を経て始めて知った、自然療法で、せめて会話ができる状態まで戻ることができれば、それだけでよい」と言われていました。ご家族の心労と無念さは、計り知れないものがあります。

よい方法があっても、この療法を多くの人に知ってもらう手法は、限られています。良いことをもっと広げる「国」や「マスコミ」の姿勢が問われています。

 

三叉神経痛でお悩みの方は、もっともっと視野を広めて、西洋医学の手当てについても勉強してください。そして、併せて、自然療法についても感性を働かして考えてください。

薬やメスでは完治しない問題が潜んでいるから、何年経っても三叉神経痛から脱出できないのです。早まって薬やメス、放射線へと進むと、このような結末を迎えることもあるということを真剣に認識することが、存命に必要なのです。

「後悔先に立たず」です。

平成25年3月          高橋健康指導センター 髙橋純一